小林公夫の「愛(め)でたいモノたち」

作家で法学者である、ハカセ小林公夫が好きな服や、小物、本、好きなお店、料理など様々な好きなモノについて語るページです。

コミュニテイーFMミヤラジ「教えて!ハカセ」 1月から3月のスケジュールです。

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放送日程

1月12日PM5時から6時 ワイド版1時間

1月26日PM5時から5時半

2月6日PM4時から4時半

2月22日PM4時から4時半

3月1日PM5時から5時半

3月22日PM5時から5時半

 

放送内容

今回は1月12日、1月26日、2月6日まで3回分の予定をお話しします。

1月12日 就職試験の教養と面接対策講座第1回。今回は「就職と人生」をテーマに、ハカセの就職試験勉強法とハカセの就活日記→ワイド版1時間でお届けします。ハカセがマスコミ勤務時代に担当していたタレント、歌手の話もします。明石家さんまさん、尾崎豊さん、吉川晃司さんらの思い出をお話しします。学習の側面では、高橋書店刊の私の著書「出るとこだけ 一般常識&最新時事問題」の有効な学習法にも言及します。

1月26日 私立医学部2次試験対策講座→「医師の働き方改革」、「チャットGPT」、「科学的安全と社会的安心の違い」などを解説。又、医学部2次試験「面接」で答えにくい質問に対する対処法を解説。教学社刊の私の著書「医学部の面接」、「医学部の実戦小論文」の有効な学習法にも言及します。

2月6日 超人気校 順天堂大学医学部2次試験対策についてお話します。ただ、30分では多くのことが話せません。あしからずご了承ください。

就活や、医学部受験対策の質問も受け付けています。

企業研修の総合サイト「KEY SESSION」の私の取材記事の末尾に連絡先は出ています。

38年前にタイムスリップ! 時をかける少女、原田知世さんの思い出

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38年前のことだ。当時雑誌編集者をしていた私は、どうしても原田知世さんのロングインタビュ―を実現したいと考えていた。そこで角川事務所に、まず電話をかけた。担当のチーフマネージャーは俵口さんという女性で珍しい名前だった。電話に出られた方に名字の表記を確認し、手紙を出した。少なくとも2回は出したと思う。取材の依頼は電話で済ませるのが通常だから、珍しい行動である。手紙には知世さんを何故取材したいのか、その理由を論理的かつ熱意を込めて書き記した。すると10日ほどして、反応があった。そこまでの熱意があるなら、取材の趣旨について1度話を聞いてもいいと返事が来たのである。2度とないプレゼンのチャンスだった。待ち合わせた角川ビル内のカフェで私は深々と頭を下げると、まず、自分が長年のフアンであることを告げ、熱弁をふるった。俵口さんは私の話に終始笑いながら聞きいっていた。面白がられているだけで、感触としてはNGだと感じられた。しかし、その場で、俵口さんから取材のお許しが出たのである。「天国に1番近い島」、「早春物語」などで猛烈にブレイクしていた知世さんの取材時間をスタイリング、メイク、撮影を含めて3時間出してもらうことは極めて異例だったと思う。

6ページ構成のインタビュ―は約1時間半にわたり、長崎での子供の頃の話や、家族との関わり、大学への進学に悩み、最終的に断念したのはどうしてかなどをたずねた。大学進学の話はアイドルとしては珍しく、学ぶことに固執した理由を聞いてみたかった。彼女はミーハーな感じではなかった。また、私自身もミーハーな取材はしない主義だった。
取材終了後、無理をお願いして一緒に写真におさまってもらった。彼女が持つノートのようなものは、私の取材フアイルである。取材時に、知世さんから、「その大きなフアイルは?」と尋ねられた。私が「これまでの知世さんの写真と記事を集めたものです」と答えると、「へえー、スゴイ」と目を丸くされた。興味深そうに眺められていたので、記念に差し上げたのである。
取材が、10月で、翌月の11月28日は彼女の誕生日だった。バースデー当日、番組収録場所であるフジテレビに、新宿伊勢丹で購入した大きなクマのぬいぐるみを抱きかかえて出向いた。道中、多くの人に奇異な目を投げかけられた。フジの現場は翌年の正月に放送されるスターかくし芸大会の収録、真最中だった。敷地内の離れに収録場所があり、入り口で俵口さんにお願いして知世さんを呼び出してもらった。俵口さんが「知世ちゃん、小林さんが来たよ」と呼び掛けると、知世さんはかくし芸用の着物で飛び出して来た。そして、ぬいぐるみを抱きしめると、「ワ―、キャー」と声を上げられた。叫び声があがるほど、クマのぬいぐるみはあまりに大きく可愛らしかったのである。

邦ちゃんの思い出

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大学を卒業後、私は14年間マスコミに勤務しました。その際に雑誌の芸能デスクとして多くの著名人や政治家などの連載を担当しました。山田邦子さんもその中の1人でひときわ記憶に残っています。掲載の写真は、「山田邦子のこの人、ひとりじめ!」という人気連載企画に掲載された1枚です。毎月、多忙な邦ちゃんと人気タレントのスケジュール調整をするのは至難の業で、忙しい仕事でした。この回のゲストは斉藤由貴さん。撮影は秋元孝夫さんです。対談場所は六本木の全日空ホテル。当時はテレビ朝日の隣にありました。撮影時の思い出を少しお話しします。当日は全日空ホテルのロビーで斎藤由貴さんをお待ちしました。スケジュールがなかなか出ないとてつもない人気女優でしたので、1時間ほど前からロビーで待機していました。編集者というのは待つ仕事です。ふと気付くと、ロビーの大きな柱の前に黒いワンピースを着せられて、帽子をかぶった人形が足を投げ出して尻もちをついて座っていました。こんな所に何故人形が置かれているのかと不思議に思い近付きました。すると、その人形が突然動き出し、それは斉藤由貴さんだったのです。驚きました。顔が小さくないと女優さんにはなれないのだなと、しみじみ思いました。とにかく人形と見間違えるほどの人間離れした存在でした。まるで、童話の中から飛び出してきた妖精のような。

邦ちゃんには、この連載を通じてお世話になりました。対談相手に事前に声かけしてくれるなど、姉御肌で頼りがいがありました。一方、皆が抱くイメージと異なり、さすがに芸能人ですから肌がつるつるで美しい方です。連載5回目ぐらいの時、撮影で午後9時を回る日がありました。すると、邦ちゃんとマネージャーの財津さんが真っ赤なアウディのワゴンで四谷三丁目の太田プロ近くまで送ってくれ、「一緒にご飯を食べましょうよ」と、食事をご馳走してくれました。タレントさんにご馳走になりましたのは、14年間のマスコミ人生で、邦ちゃんただ1人です。有難うございました。聞くところによると、現在は、宇都宮の餃子大使を務めておられるとか。こちらに来られる時は、ぜひご連絡ください。栃木和牛のおいしい店がありますのでお連れします。

M君の思い出

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個人情報保護法が施行されて受験生の個人的な合格に関する話などはブログに記すことが難しくなりました。そのため、私のオフィシャルサイト「博士のお仕事日記」もここのところ更新が遠のいております。しかし、今日は当たり障りない範囲で、今年、旧帝国大学医学部医学科に合格したM君の思い出をこの「愛でたいモノたち」のコーナーで、少しお話しします。先日、西新宿の医学部専門予備校に伺いました。その際、事務局の方から、M君の両親名が記された1通の手紙を頂戴しました。これは恐らくお父様の字でしょうね。「1年間、大変お世話になりました。」という文面から始まり、私の指導に対する感謝の言葉が3枚の便せんにわたり述べられていました。有難うございます。うれしかったのは、M君が、予備校での自習後、夜遅く帰宅し「今日は、ハカセ先生から温かい言葉をかけてもらった」と両親に告げていたことです。彼はクールな感じです。そういうタイプには見えなかった。知られざる一面です。嬉しそうな顔をされていたそうですね。その日、私が何を話したのかはわかりません。でも、私の言葉が君の心に届き勇気を与えたとしたら何よりです。昨年の秋、2学期が始まり、いつの頃か授業の始まる30分前に君は時々講義室に現れ、私と時間を共有するようになりました。しかし、何を話したのかはよく覚えていない。それは、医学の話とか医学部2次試験の質問を受けるのではなく、受験と人生のような雑談をしていたからです。いつも学習の方法論や、人生における学びの意義などを君は私に問いかけていました。今、思い起こすと、あの時の君は辛かったのかもしれない、心が揺らいでいたのかもしれない。しかし、話の終わりには、君の顔が和みほころんでいたこと、それはよく覚えています。受験前は顔が美白したように白くなり、頬がこけましたね。心配しましたが、医学部の1次合格は多かった。旧帝国大学医学部の受験対策も忙しく、君と会う機会は日増しに多くなって行った。慈恵に進んだMさんの次ぐらいに多かったのではないか。旧帝国大学医学部対策の際に再生医療の課題や、東北の地域医療論と共に紹介した「青葉城恋歌」の歌詞を覚えていますか。仙台のことを知らなければならないと紹介した歌です。勉強につかれたら、広瀬川のほとりにぜひ足を運んでみてください。勉強は大切です。でもそれ以上に大切なことも探してみてください。

 

ハカセの苦悩〜短く話すのは難しい〜

「ミヤラジ」難関受験ラジオ講座放送予定です。医学部受験2次対策の他、慶応大学法学部論述力試験の対策講座もあります。ぜひお聴きください。 

 

宇都宮のコミュニティFM「ミヤラジ」で受験ラジオ講座を始めてから、既に4回のライブ放送が終了しました。ライブというのはしゃべりが難しいですね。RADIOBERRYの時と比べると、しゃべりの時間は倍以上取れますが、時間が全然足りません。やはり、いつも講義で2時間、3時間と話しているからその感覚が抜けないのでしょう。短く話すのは難しい。ライブ放送は毎週水曜日午後4時から4時半の30分間です。アプリで聴くことができますので、ぜひ聴いてください。以下、放送予定です。ご確認ください。

 

 

「ミヤラジ」大学受験ラジオ講座放送予定です

1月18日

慶応大学法学部論述力試験→過去18年分の入試分析を行います。どういう受験生が合格していくのかについてもお話しします。

1月25日医学部2次試験 今年は何が問われるか 

2月1日医学部2次試験 MMI演習

2月8日 お休み→どこかに振り替えます

2月15日

慶応大学法学部論述力試験→翌日の試験に向けて、どういうテーマを意識しておくべきか。最終確認を致します

2月22日栃木県立高校入試対策講座→社会の予想問題を講義します

3月1日栃木県立高校入試対策講座→内容は未定

 

→以下、内容は未定ですが、放送予定です

3月8日

3月15日

3月22日→お休みですので振り替えます

3月29日

 

慶応大学法学部論述力試験2021年の解説

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先日お話ししましたミヤラジでのラジオ講座ですが、1月4日(水)は昨年に続き、慶応大学法学部論述力試験の解説をします。教学社発行の「慶応大学法学部の赤本」を参考にしながら、講義をお聴きください。ところで、赤本に掲載される解答・解説は責任解答者(私)から見ると微妙な点もあります。それは編集権が私にではなく教学社にあるからです。ですから、最終的に責任解答者の原稿に少々手が入る場合があります。編集権が出版社にある以上、これには同意せざるを得ない。しかし、その修正がどう考えても責任解答者の考えと異なり違和感のある場合もある。今回は、2021年の福田恒存氏の課題文をもとにその微妙な領域についても話します。本問は政治と文学の関係性に言及しているわけですが、難しい話です。果たして善き政治は「失せたるⅠ匹の羊の救いを文学に期待し」、悪しき政治は文学に「失せたる1匹の羊を無視することを強要する」ものなのでしょうか。言わんとするところは分かりますが、この福田氏の論調にも解せないところがあります。恐らくこの課題文が1947年に書かれたという背景もあると思われます。終戦後間もない時期ですね。私には未知なる時代です。さて明日はどのような話の展開になるか、時間内にうまくまとまれば良いのですが。慶応大学法学部を受験される方は、ぜひ聴いてください。

受験講座の番組について

12月21日から毎週水曜日、ラジオで受験講座の番組をやることになりました。東京で予備校等の講義が組まれていなければ、基本的に水曜日の午後4時から4時半までの30分間、3月末までしゃべります。講義の内容は、医学部2次試験、慶応大学法学部論述力試験、大学入学共通テストの3分野の対策講義です。発信は宇都宮のコミュニテイFMで「ミヤラジ」というラジオ局です。収録ではなくライブの番組で、アプリで聴くことができますし、後日、収録CDで聴くこともできます。お時間が合う方はぜひ聴いてください。今期は、スポンサーの都合で、RADIOBERRYの「ハカセ公夫の受験ホットほっとライン」はお休みです。とても残念で、パーソナリテイ―の野澤朋代さんや番組ディレクターの小杉鷹也君にご迷惑をおかけしてしまい申し訳ありません。

 

ミヤラジの直近の講義の内容ですが、12月21日と12月28日の内容は以下の通りです。

 

12月21日→医学部2次試験小論文について。獨協医科大学2019年2月11日実施の小論文、北里大学医学部2022年2月7日実施の小論文について解説します。課題文の背景にあるのは医師法19条の応召義務ですね。

 

12月28日→慶応大学法学部論述力試験について。これまで10年以上にわたり、この大学の赤本の論述力試験の解答を書いてきた者として、論述力試験の傾向を分析して詳しくお話しします。あとはこの大学の論述を形式的にどう記述すれば、評価が高いかについてもお話しします。両日とも、事前に「教学社発行の赤本」を準備して該当の問題を見ながら講義を聴いてください。入試まで一緒に頑張りましょう。よろしくお願いします。

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「昭和の謎」第2回 名著多湖輝「頭の体操」 1巻の謎について 細菌は結婚しませんよ ビンの大きさは2000ℓ?

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今から54年前に刊行された多湖輝著「頭の体操」は、半世紀を経た今でもなお輝きを放ち、思考力養成の原点ともいえる内容である。ただ、その中にいくつか非現実的な理論上、成立しえない内容の出題がある。多湖輝氏自身も、第1巻発刊後、読者からの封書による質問攻めに苦慮された、と2巻のはしがきに記されている。第1巻に収められた今回の問題が、その対象となったか否かは不明であるが、描かれているイラストに違和感を感じた1問である。そこで問題である。

 

問題

上記の問題文と、絵に目を通し違和感を感じるところを指摘しなさい。

(制限時間10分)

解説

1.

この細菌を仮に大腸菌のような細菌と考えて、この細菌の長径を2 マイクロメートル→1マイクロメートル = 1000分の1ミリ、短径を1 マイクロメートル、高さを1 マイクロメートルの直方体と仮定するとその体積は、2立方マイクロメートルとなる。そしてこの細菌が1個の状態から、1分間に1回分裂すると、1時間(60分)後にどのくらいの体積になっているかというと、2立方マイクロメートルに2の60乗をかけた膨大な体積になっているのだ。計算を少し簡略化しておおよその体積を算出すると、何と約2000ℓになった。

 

 

つまり1時間後に、細菌の体積の総和は約2000ℓ以上となってしまうのだ。

 

 すなわち、もし細菌が1時間で一杯になるのであれば、このページに描かれている瓶は、2000ℓの瓶ということになる。ただ、筆者、イラストレーター、出版社の編集担当者は、そのようには考えていない。おそらく1 L程度の瓶を想定してこの絵を描いているのだろう。筆者も含め文系の出身が多いだろうからこれは致し方ないことだ。

 

2.

もう1つこのイラストにはとてつもない違和感がある。それは細菌の分裂という概念を取り違えていると思われるからだ。細菌は我々ヒトのように有性生殖をせず、無性生殖をする。つまり単一の生物が、二分裂し増えていくのである。中には多分裂するケースもあるが、本問では1分間で2個に分裂するとの記述があるので、2分裂を示していると考えられる。分裂とは、単一の生物から同じ遺伝子のものが倍々に増加することを意味する。従って、イラストのようにオスとメスの細菌が有性生殖(受精)をして細菌の赤ちゃんが誕生するというようなケースは生じない。夢のあるイラストだが、科学的に疑問が生じるのは否めない。何故このようなことになったのか、当時の生物の教科書には無性生殖について詳しく触れられていなかった可能性がある。

いずれにせよ、正しいい解釈で、イラストを描くなら、1匹の細菌から同じ体と顔をした細菌が増えていくような絵が描かれるべきであった。まあ、このイラストでは夢が無いけれどね。

 

不思議な絵

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この図は、中川米造大阪大学名誉教授(故人)の著作からとりました。「医の心」第5巻3頁の冒頭に出ています。この図と共に掲載されている文章は、その昔、名誉教授が北里大学病院「医の哲学と倫理を考える部会」で講演した講演録のようですね。

 

ここに妙な絵があります。横筋が沢山走り、ところどころ重なり合っている。それをひっくり返してみると、人の顔が浮かんで見える方が多い。1度、顔が見えますと、今度はひっくり返しても人の顔が見える。もう消えません、というような書き出しでした。

ものごとと言うのは、1つ見方ができてしまうと、なかなか変えにくいというような話が書かれていました。名誉教授はそこから医療の持つイメージについて話をされていました。中川名誉教授と言えば、私の愛読書は「医療の文明史」ですね。NBM(物語にもと付く医療)に通じる話が豊富でとても面白く拝読しました。

修復腎移植の名手、万波誠医師の思い出。移植医療に尽力した人生

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一橋大学で博士号を取り、医事法の研究をしていた頃、1つの興味深いテーマに遭遇した。病気腎移植という移植医療である。病気の腎臓という名称は何とも人聞きが悪いので、この名称は後に、修復腎移植という名で呼ばれるようになった。当時、グラールマン、エーザー、ヘルトらの影響を受け実験的治療行為の研究に従事していた私は、この移植術が正当なのか否かを探るため、移植術を施行していた宇和島徳洲会の万波誠医師に話を聞きたいと考えた。移植術の正当化が可能かどうかをまず、医療の技術規則の観点から、そして患者の自己決定権の観点から検証したいと考えたからだ。電話で連絡すると、思いのほか一つ返事で時間を取って下さった。すぐさま、愛媛の宇和島まで飛んだ。その時、デジカメで私が撮影したのがこちらの写真である。明確には覚えてはいないが、「わしは写真が苦手じゃけん」というような方言を話されていたのを記憶している。「先生、笑いましょうよ」と声をかけると、少年のような表情をされて、笑われた。その場には弟さんの他、お弟子さんの外科医などがおられたが、夕方から開始し2時間ほど密度の高い取材をさせていただいた。帰り際、車に乗るため外に出ると、雨が強く降っていた。私が車に乗り込み後ろを振り向くと、なんと、万波先生が1人、雨の中、手を振りながら追いかけてきた。先日、先生がお亡くなりになられたことを報道で知った。最後にひと目お会いしたかったが、それはかなわなかった。今は、実験的治療行為の研究を続けることが恩返しなのだと思っている。

赤本WEBSITEとBOTTEGA VENETA

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教学社の赤本WEBSITEに、私の取材記事が掲載されました。先日紹介した改訂版「医学部の面接」、「医学部の実戦小論文」に関わる記事です。前編、後編に分かれており、医学部2次試験対策について分かりやすく簡潔にまとめられています。記事中では受験生が身につけるべき能力資質や、勉強の仕方などに触れています。数分で読めてしまう内容なので、医学部を受験される方は、ぜひ参考にしてみてください。原稿をまとめてくれた編集部の皆さん、書店に本をたくさん並べてくれた営業部の皆さん、有難うございます。

ところで、取材の写真で私が身に着けているコートですが、これはFM栃木RADIOBERRYのホームページに掲載されているコートと同じものです。番組名は「ハカセ公夫の受験ホットほっとライン」ですね。このコートはイタリアのBOTTEGA VENETAというブランドのもので、襟の色が2色で可愛いです。ただ、私は身長があるので、イタリアの58サイズでも小さい感じです。宮城県大崎市WOLF PACKで購入したOLD CROWの革ジャンも最大のサイズXLでも、少々小さめでした。数日前に、訳ありまして仙台に行きましたが、やまびこ号でとんぼ返りでした。大崎市に寄りたかったです。FINE CREEK  LEAHTERSという気になる革ジャンがあります。次回はチャレンジします。

小人と馬は何故悲しい瞳をしているのか

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f:id:kobayashi-kimio:20220919201014j:image藤城清治先生の作品は、子供の頃からのフアンです。どこのテレビ局だったか、子供の頃目にした夕方の天気予報で先生の作品が流れており、一瞬にして魅せられました。ブランコに乗り小人が横笛を吹いていたような。作品中に小人、馬、猫が登場するのが特徴的で、小人と馬の瞳は何故か、悲しい瞳をしていると感じています。でも、このように評する人にこれまであまり出会ったことが無い。この日は家族と那須高原を散策し、その後に藤城清治美術館を訪ねました。受付の方に、子供の頃、天気予報で目にして以来のフアンですと伝えると、現在98歳の先生の話題で話がはずみました。

SIGNATURE 10月号

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f:id:kobayashi-kimio:20220917224800j:image 「SIGNATURE」のGINZA RESTAURANT WEEKのお知らせを目にして若い頃に通った銀座の行きつけの店を自然に思い出していました。マスコミ勤務時代は、頻繁に銀座で食事をした記憶があります。一番足しげく通ったのが、SONYビルの地下にあったマキシム・ド・パリです。私の親族がこの店の超常連で、当時、支配人を紹介されて出入りを許されました。思い出すのは来店時の服装を支配人に注意されたことです。夏の暑い日でした。私は服装が自由なマスコミ勤務ですから、半ズボンとポロシャツで店に出向いたことがあり、支配人から、「うちはスーツにネクタイ着用、半ズボンは禁止です」、と耳打ちされたことがあります。その日は店のジャケットを拝借し、ポロシャツの上から棒タイを締めるというとてつもないいでたちで食事をしました。「カニのサラダパリ風」、お値段4700円は絶品でした。あのサラダは忘れられません。寺岡支配人、あの折は失礼しました。お元気でしょうか。あとはインスタでも紹介した寿司屋の勘八ですね。この店は夜でも1人2万円で収まる感じで、銀座にしては割にリーゾナブルなお店でした。しかし、魚治という寿司屋はとてつもない高級店でした。マグロの中トロ1貫が3000円ぐらいした記憶があります。懐かしいですね。現在はマグロ2貫110円の店で食事をしております。

〈昭和の謎1〉 壁に貼られた写真のページ、切り口は逆ですよね?

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(↑立風書房発行)

みつはしちかこ先生の名作「小さな恋のものがたり」第1巻に収められている作品です。この4コマ漫画を見たとき、瞬時に、あれ、この漫画少々変だなと思いました。よく覚えていませんが小学校の低学年の頃です。壁に貼られたページは、主人公チッチが見ているページを切り取つたならば、切り口は逆ですよね。先日、この本の最新版を確認しましたが、まだ修正されていませんでした。裏のページにも同じ写真が掲載されていたのかもしれません。もしそうであれば論理的には正しいです。

私は作者と同じ中野区で育ちました。同郷ということもあり、小学校、中学校を通じ「小さな恋のものがたり」のフアンは多かったですね。女子はほとんど読んでいたと思います。先生は最近、興陽館という出版社から、「小さなひとり暮らしのものがたり」という書籍を出版されました。お体を大切になさって下さい。

 

 

年齢63歳のエースコックの子豚

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先日、偶然テレビでエースコックのワンタンメンの話題を耳にしました。私も子供の頃はよく食べました。当時CMで「ブタブタコブタ お腹がすいたブー」、という曲が流れていました。その頃、日本人は豚肉をよく食べていたのでしょうか。子供心に、何故、ブタが作る側のコックなのかと不思議に感じました。動物の福祉が叫ばれる今、この曲が流れたら大変なことになりそうです。いや、ブタが料理を作り食べるのだから問題ないのかな?この子豚君、年齢は63歳だそうです。サザエさんの登場人物のように年をとらないわけですね。