小林公夫の「愛(め)でたいモノたち」

作家で法学者である、ハカセ小林公夫が好きな服や、小物、本、好きなお店、料理など様々な好きなモノについて語るページです。

鳥巣太郎の苦悩

先日、熊野以素著「九州大学生体解剖事件 70年目の真実」をモチーフとした、NHKドラマ「しかたなかったと言うてはいかんのです」を見た。この書籍あるいはドラマを私のブログ「愛でたいモノたち」の類型に入れてよいかは逡巡した。しかし、熊野以素さんの著書にしても、放映されたドラマにしても、医学の研究を続ける私にとり感銘を受けるものであり、このブログで紹介することとした。テーマは極めて重い内容だが、ドラマは分かりやすい見せ方で構成されていた。ドラマの中で米軍兵の人体実験に関わった鳥居太一(鳥巣太郎をモデルにしている)が語った言葉、「私は生きた人間を物のように実験材料にした。私は医者なのに」

「人間の命に対して仕方ないとは言ってはいけない」というセリフがすべてを物語っていた。の研究テーマである医療の正当化に加え、少々論文も書いている「上官命令と部下の行為」(大コンメンタール刑法第3版2巻363頁以下)に関る内容であり、学者が今後も考えねばならない究極のテーマであった。

 

1945年春、九州大学で行われた実験的手術により、米軍の捕虜8人が死亡した。当時外科の助教授であった鳥巣太郎はこの生体実験手術に異を唱えるも上司である教授の命令に抗えず、回半の手術に参加する。そして、戦後に行われた「横浜裁判」で首謀者の1人として、死刑判決を受けた。鳥巣は苦悩する。その苦悩が現れた言葉が、「人間の命に対して仕方ないと言ってはいけない」という上述の言葉である。いかに上司である教授の命令であれ、手術に参加したことに変わりはない。ドラマでは苦悩し死を受容した鳥巣に対し、妻が困難を乗り越え再審請求し減刑を勝ち取るさまがリアルに描かれていた。妻を演じた蒼井優さんの渾身の演技が気丈な昭和の女性を象徴していた。凄い女優が現れたなという感じである。なお、この九州大学生体解剖事件をモチーフにした遠藤周作著「海と毒薬」にも目を通すと良いだろう。f:id:kobayashi-kimio:20210830120654j:plainf:id:kobayashi-kimio:20210830120705j:plain